おさかなにっき

オクラもいろいろネクラもいろいろ

自由と本能

さっきペラペラと『嫌われる勇気』を読み返してたのだけど。(kindleなのにペラペラって言いたくなるね)

食べたい、寝たい、えっちしたいみたいな人間の自然な欲望をカントが「傾倒性」って呼んだんだって。
人間が「他者に嫌われたくない」って気持ちも本能的な欲求であり傾倒性なんだって。

この本能的な欲求に抗ってあえて「嫌われたくないけど(本能)嫌われてもいいよ」ってのが嫌われる勇気。

本能の赴くままに欲求を貪るのは不自由な生き方であり、自由に生きるとは嫌われる勇気を持つことって話なんだけど。

わたしがえーって思ったのは、欲望のままに生きることは不自由な生き方だっていうこと。

わたし、痩せたいと言いながらお菓子めちゃ食べてますけど、でもそれ、自由に生きてるつもりだったの。本能に任せて生きることにポジティブなイメージあったし。身体が欲するものは必要なものなんだっていう解釈でね。

だからあれー?と思ったし、甘いもの食べないよ!なんて言ってるのわたしっぽくなーいっていう抵抗感。自分を律するってことできる人は自分じゃない人、みたいな。

しかしよく考えたらそれってやはり不自由なんだよね。キャラじゃないから、なんてまんま他者の期待に答えてるだけだし。本当は変わりたくない、友達に「どうしちゃったの?」って引かれたくないから変わらない選択をしているのかもね。


まあとにかく!そーなんだーって思った話。自分を律するのは全然無理じゃないし自由への一歩だよって思えば、見方変わった。元々欲望に流されっぱなしの生き方だからな。。


ちなみに今は午前中のみ甘いもの食べてよしって決めてる。
今日食べ損ねても明日の朝に「プリンたべよ」みたいな楽しみ持てるしね。
あと家族やお友達と一緒に楽しく過ごすときはこの制限はなしということにしてる。

不自由の何が悪いの?欲望に流されるのって人間らしくてかわいいじゃんっていう気持ちもあるんだけど。。このへんはまだ私の考えが足りないのかな。


さらに、甘いものへの欲求は愛情が満たされてないからだという見方がある。(「病気が教えてくれる病気の治し方」) きょうみぶかいねー。