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おさかなにっき

オクラもいろいろネクラもいろいろ

イソイソやめた

頭ではわかっていたような事がすっと心に降りてくる時があって、ああこういうことだったんだってちゃんと自分のものにできる瞬間がある。


私は、一体いつからだろう?今までずーっとイソイソしていた。24時間効率的に使わなくちゃ、とか情報しっかり集めなくちゃ、とかそういう感じでイソイソしてた。こんな事しても時間の無駄だわ、なんて色々な事を切り捨ててきた。


「目の前のことにちゃんと向き合う」とかよく聞く。それをして来なかったことに気づいた。時間がやたらかかって面倒臭くって気持ちは辛くって面倒臭くって面倒臭くって。。



森茉莉の『貧乏サヴァラン』のとある一章を読んで開眼した。森茉莉は「空気を、生を楽しめ」って言ってるの。「下着やタオルを楽しめ」とも言ってたかな。私がやって来なかったこと。私は一体どうしてそんなにイソイソしてたのか?そこに大切なものは何にもなかった。何にもないものに急かされてた。私は煩わしいことすら楽しもうという気になった。楽しむってことは感じて、享受することかなと思う。スイカを食べてベトベトになった手すら楽しめることを知った。感じる、楽しむことを意識したら世界がなんだか違って見えてくる。


24時間とかどうでもいい。私には私の時間の流れがある。どんなに時間を費やしても納得の行くまで考えたり、文章書いたりデッサンしたりすればいいじゃないか。いや、もっともっとくだらないことに没頭してもいい。自分の腹の底からの欲求に耳を傾けて思うままにやってみればいい。なんでこんな当たり前のことやっと気づいたんだ。いや、気づけてどうもありがとう。なんだかすごくワクワクする。

無駄なことだらけでいい。結局無駄だった、なんて思っちゃってもいい。というか今までは、私効率ばっかり重視しちゃってこのままじゃダメだ無駄なことしなきゃ!みたいにイソイソしてたとこあったなあ。一体無駄なことってなんだかわからないし何すればいいかわからなかった。。私に必要なのはもっと丁寧にじっくり味わい尽くすことだ。なんでも。


森茉莉の『貧乏サヴァラン』を知ったのはこの人のこの本のおかげ。平野沙季子さん、とても楽しい文章を書いてて愉快な感性を持ってて、それに何よりかわいくてしゃれおつで大好きな人!どうもありがとう。

生まれた時からアルデンテ

生まれた時からアルデンテ