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おさかなにっき

オクラもいろいろネクラもいろいろ

女の子よ銃をとれ

雨宮まみさんの本。

すごく優しく心に寄り添ってくれる文章。厳密に言うと、山に登ることの大変さを知ってる人の持つ、これから登ろうとしてる人に対する思いやりとか、実際に登るのはあなた自身です、って教えてくれてる優しい厳しさを感じた。
雨宮さんは誰も恨むことなく、誰のせいにもせずに自分自身と向き合っていて、淡々としてる。

私は雨宮さんほど真っ直ぐに生きてなかったし自分の気持ちに向きあってなかった。テレビブロスの少年アヤちゃんとの対談も読んで、やっぱり自分が感じたことにひとつひとつ丁寧に向き合おうって思ったもん。


容姿コンプレックスとか、お買い物失敗エピソードなど大体共感。。ジャズバーで素敵な装いの女性を見て自分と比べて。。とかあるあるすぎる。


雨宮さんは本を通してずっと言ってる。自分が自分であることを受け入れること。私は私にしかなれないと受け入れることから始まると。雨宮さんは山に登る一歩を踏み出す勇気を与えてくれているが、実際に登るのはあなた自身ですよってことなんだ。


「私は私にしかなれない」なんなんだそれは?自分であることを受け入れる。。なんなんだそれは。頭ではわかる。。私は何者にもなれない、私にしかなれない。育ちのいい美人で凛としたお嬢様な彼女にはなれないし、責任感の強いきりりとした美人のあの人にもなれないし、いつもニコニコ笑ってるかわいいあの子にもなれない。

それはわかるけど。。まだ腑に落ちない。

魅力的な女の子に会ったことがある。顔は美人という感じではなくファニーフェイスでちょっとアンバランスな感じなのだけどすごく惹きつけられる。その子の発言は全て正しい、正義だと思わせられる不思議な力がある。その子着てる服は全てかわいいし、その子の行動は全部美しいものだと感じた。

どれほど美しい人であっても、その人が自分自身の美しさを正しく「発見」し、私は私なのだと、私が私自身であることこそが美しいのだと思い切らない限り、他人を感動させるほどの美しさを持つことはできないのです。
たぶんこういうこと。



私は「かわいく」なることをやめてみようか?と思った。それは別にボサボサ頭で出歩こうとかあえてダサい服着ようとかいうわけではなく、もっと違う目線で私を見てみようってこと。ただ、先ほど鏡をふと見た時に「これ以上かわいくなくなったらマズイだろうさすがに」と思ってしまった。


先は長いし修行は足りない。

女の子よ銃を取れ

女の子よ銃を取れ